9月21日『帰還』
雲まじり、おおむね晴れの空。
撮影の残りである、自転車を押す日本兵1名とアメリカ兵5名が出会うシーンと、行軍シーンの一部をやり終える。
日本兵がアメリカ兵と出会ったとき、驚きあわてふためき、再び自転車を倒してしまうのだが、今回は見事に積んであったヴィーナスのトルソが砕け散る。
だが、誰もあわてない。瞬間接着剤を買って来て、田中君を中心に、砕けた破片をパズルのようにはめ込んでいき、修復が終わる。陽が落ち始めると想定している状態の撮影が不可能になるので、実際にはみんなにいら立ちが募ってくる。でもだからといって慌てても打開策はない。このあたりの精神状態の制御はなかなか難しい。きっと実際の戦場でも同じだろう。
なんとか張り合わせたヴィーナスも使い、兵士全員で海辺を行軍するシーンが繰り返し始まった。これは青木繁の有名な絵画「海の幸」の構図を念頭に置いた絵作りである。海から表現や芸術の道具、材料が流れ着く。それら海の幸を収穫し、人間の歴史や社会や生活といった様々な戦場の、その頂上に登り、そのてっぺんに芸術の旗を立てたい。ではその芸術の旗とはどんな旗なのか‥‥‥。
すべてが終了して、掛川から新幹線で新大阪まで帰り、家に戻ったのは午後9時半すぎだった。ロケ日程が長引く可能性もあったが、なんとか実質4日でやり終えた。みんなの疲労具合からすればベストの日程だったと思う。
手の平や首筋が赤く腫れている。日焼けだけでなく、湿疹もたくさんある。手の平は赤黒い。体質が変わったのだろうか、今年の初夏あたりから紫外線にアレルギー反応を起こすようになってしまった。風呂場の鏡で顔を見ると、顔相が変わっている。戦争に行くと人が変わったようになると聞く。まだ、波の音が耳の奥で聞こえている。
*写真は、青木繁風の行軍風景(先頭の私が離れ、写真を撮っている)